人にはどうやら、努力しても上手になれないことと、努力をしなくてもできてしまうことがあるらしいのだが、私はわりと努力なしでおいしいごはんを作れてしまう性質だ。
はじめて料理を作ったときから、なぜか、自分が作ったごはんはおいしかった。腐った食材やまずい食材を使った場合をのぞいては、まずいごはんを作ったことがない。
自分でもよくわからないのだが、作ればだいたいうまいのである。
レシピなしでもおいしいのだから、好きな料理家さんのレシピをもとに作ったらもう万々歳、無双状態である。どっかで食べてみておいしかったものを、なんとなく見よう見まねで作ってみても、地球の終わりを感じるような味になることはまずない。
おおよその目分量で調味料をはかってみて、失敗したこともほとんどない。少なくとも私が食べる分には十分で、いっそはなまるを与えたくなるくらいのものを、一切の努力をせずに作れてしまう。
(ただしお菓子類はのぞく。お菓子と料理は似て異なる、異なりすぎるのだ)
いったいこれは誰が与えてくれた資質なのだろう。なんせなにひとつ、料理ができるようになるために頑張った記憶がないのだ。いっさいがっさい、なにからなにまで原因不明である。とはいえこの資質は、生きていくうえでかなりお得なんだろう。大地の大いなる恵みに感謝したい。
へたくそなところがあるとしたら、盛りつけ方と野菜の切り方だ。大学時代のバイト先で「へたくそだな〜」と、脇で様子を眺めていた社長に率直に言われて、苛立ちよりも先に納得感で胸がいっぱいになるくらいには、正真正銘のへたくそであった。幸いそのバイト先は暇な時間が多く、練習をする時間がそこそこあったので、バイト先を卒業するころにはちょっと上手になることに成功したのだが。
(ただ、盛りつけ方と切り方のへたくそさは、致命的なほどには味に影響してこないので、特に料理人になるつもりがないなら、へたでもいいんじゃない? という気持ちもある)
しかしここまでの恵まれた腕を持っておきながら、私はもうひとつ、致命的な性質を持っている。
めんどくさい。めんどくさいのだ。
料理をするのが、めんどくさいのである。
料理を作ることを、すぐめんどくさがってしまう。
それゆえ自炊が捗らない。
アウトソーシングに頼りたくなることばっかりの人生である。
ゆえにせっかくの才能を活かせないでおり、自己肯定感のアップにもつながりにくい。むしろ、「今日もまた料理しなかったなぁ」と自分を責めてばかりの人生だ。
こんな日常に終止符を打ちたい。
そう思って今週の月曜から自炊を始めてみた。
これが、もう。すごい。すごくすごく、いいのである。
自分が作ったごはんがうまいのなんの。なにを作っても食べてもおいしい。
食べたい野菜を好きなだけ。お肉の焼き具合も好きなだけ。好きなものを好きなときに好きなだけ。冷蔵庫に常備菜のタッパーが増えるたび、私の幸福度がわかりやすく上がっている。
自分を幸せにするための近道、わりとすぐそこにあった。こんなところにあった。
もうすぐ夏になる。
今年こそ、散歩と自炊をできるくらいの余力を持って暮らしていきたい。

コメント