図書館の健康本コーナーで背表紙をじいっと眺めていると、「ああ、私はいま人類の根源的な欲求をまのあたりにしている」と感じる。
どの背表紙たちも、信ぴょう性の高さにこそ差異があれど、必死に、とても必死に、なるべく少ない文字の数で、こちらの気をひこうと叫んでいる。
背表紙たちは熟知しているのだ。私たちが貪欲なまでに健康を欲してやまないことを。だから、彼らの叫びは、私たちの健康への渇望、憧れ、願い、祈りへ向かってフルスイングされている。
血気盛んな彼らはときに、
「健康になりたいならふくらはぎをもみなさい」「いや、首のうしろをもみなさい」
というような言い合いも始める。
「旅行は脳にいい」「脳にいい通勤電車の乗り方もある」
という視野の広げ方には、「ここまで広げるんだ!」と驚いた。私たちのいま生きている世界では、通勤電車の乗り方までもが、脳にいい・悪いというジャッジを受けているのだ。
「パンは食うべからず」
と叫ぶ背表紙には、「そんなこと急に言われても困るんですよね」と、パンを食べるべき理由を20こくらい並べて、早口でまくしたててやりたくなった。パンが好きだから。
健康を獲得することは私たちの日々において、制御することの難しい巨大な願いだ。ときにそれはコントロール不能になるほどに狂おしく、激しく、膨張する。
それと同時に多くの人は願う。
「なるべくラクして、健康を獲得したい」と。
ふくらはぎを1回もむたびに寿命が1年伸びるんだったら、いいよね。
でも、そんなわけはないよね。
追記:そう遠くない未来、誠実にエビデンスを最優先した結果、ふんわりしたことしか言えなくなった背表紙もちょっと見てみたい。

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