年々好きな食べものが増えていく。大人は楽しいぞ。

………と、そのむかし、浪人生のころに通っていた美術予備校の先生が言っていたのですが、少なくとも私に関しては、まったくもってそのとおりでした。

やや、もちろん、大人として生活することには、そこそこごちゃっと、うねうねと、シンプルにはまとめられない悲喜交々も、あるっちゃあるんですけれども、でも、一周ぐるっと回って、大人としてごはんを食べる日々は、総じて楽しいったらありません。

先生とはほぼ面識がなかったのに、この言葉だけは、忘れるにも忘れられず、気がついたら20年以上も覚えっぱなしで、ときおり引き出しから出してはしまい、出してはしまい、がしがし噛み締めたことは片手では収まりません。

先生はたしか、蕎麦屋のだし巻きたまごと日本酒が合うって言っていて、もちろんそれも最高 of 最高なのですが、それ以外にも最高がたくさんありすぎています。レバー串をきんきんに冷えた生ビールで流し込むとか、焼き鳥が焼かれるにおいをかぎながら焼き鳥を食べるとか、ふわふわコリコリしたつくねに、まっきいろのうるうるした卵黄をからませてほおばるとか。聞き慣れない名前の遠い国の料理に触れ合う機会も増えました。

この国では幸いなことに、外食ではずれを引く機会がほんとうに少ないです。つい、たまにはまずいごはんを食べてみたいなぁという、謎の欲望が湧き上がってしまうくらい、おいしいものたちに溢れています。

さらには、自分で食材を調達して調理する環境も整備されまくっているので、自分自身の腕でおいしいものを生み出すことまで、できるようになってしまった。

そんななかでの、私の悩みといえばもっぱら、口にしたことのない食べものがあまりにも、まだまだまだまだありすぎることにほかなりません。

この世界を味わいつくすには、人間ひとりの胃袋はあまりに、あまりにもちいさいんじゃないでしょうか。

胃袋よ。

広大な宇宙になってみる気はない?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

何度聞いてみても、胃袋からの回答はありません。

って、そりゃあそう。そうなんです。

ですが、もし仮に加齢とともに胃のパワーが下降気味になったら、それに対応した好物を増やすまで。そう思えるのもまた、食べたことがないものがありすぎるゆえではないでしょうか。

ねえ先生。大人は楽しいけど、超楽しいけど、それでも私はまだ、この世のごちそうの1%も味わえていない気がしています。

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