2024年8月22日は私の43回目の誕生日である。ちなみに斎藤工と西暦含めてまったく同じ日に生まれた。(斎藤さん、会ったことはないけどおめでとうございます。そして私もおめでとうございます)

生まれて43年ということはつまり、生後15,000日以上経っているわけなのだが、いまだに起きるのも風呂に入るのも、洗濯をするのも、ゴミを捨てるのもへたくそだ。好きじゃないことの上達しなさがおそろしい。

ただ、そんななかでも、食べものの調達と取り扱いは、ゆるやかにちょっとずつ、上達できている。上京してまもなくのころには、扱い方がさっぱりわからなかったものたちも、さも当然という顔つきで買い込んでくるようになったのだ。

得体のしれない葉っぱだと思ってたクレソンは、刻んで、塩とオリーブオイルと一緒にごはんに混ぜるといいって教えてもらってからというもの、好物に昇格した。

18歳の上京したてのあやこにとって、野菜といえば、じゃがいも、にんじん、玉ねぎだったのに。

43歳のあやことしては、「お前はいったい世の中に野菜が何種類あると思ってんだ」と言いたいが、当時のあやこは、この3つがあればルーカレーが作れることと、冷蔵庫に入れなくてもある程度日持ちする点をいたく気に入っていたのだ。野菜の世界にはもっと、皮をむくとかという面倒な工程のない、気軽なのがある点には考えが及んでなかった。旬をたのしむ、なんてとんでもない。

贅沢をするにしても、己のニーズに沿った買いものをする技量がさっぱりなかった。仕送りが送金される日の晩、ひさしぶりにお腹をぱんぱんに満たしたいと願って、いきおいで手に入れたのは、大福が7個くらい入った詰め合わせパックであった。ふてぶてしそうな、大きな大福たちが所狭しと透明なビニールに詰まったスーパーの特売品。

買ってすぐに自転車のカゴに放り込み、ときどきそこに手を伸ばしながら街道沿いを走った。自転車をこぎながら大福を口にぶちこむ女。家の虫たちと互角に戦えそうな強さを感じるし、合理的な生きざまとも思うが、いかんせん行儀は悪い。あと15分くらい待って、家に着いてからゆっくり、茶でもしばきながら食べてほしさがある。

でも、そんな悠長なことは言っていられず、食べ切るとともに、新しい大福に手をつける作業を繰り返した。そうしているうちに、これってもしかして、ただただカロリーの塊を胃に流し込んでいるだけなんじゃないか、という気持ちが芽生えはじめ、あれよあれよという間に雲行きがあやしくなった。

いったいあれはなんだったんだろう。なぜ、この世にひしめく、ありとあらゆる贅沢のなかで、大福が選ばれたのか。わからない。だって、大福のこと、そこまで好きではなかったのだ。なのに、食べる手はぜんぜん止まらなくて、ずっとなんにも満たされない。魔がさしたのだろうか。それとも見た目のつるつるした感じに惹かれてしまったのか。

18歳のあやこは総じて自己への理解度がいま以上に低かった。自分が欲しているものを、わかっているつもりでわかってなかったのだ。でも、わかってないがゆえに「なんか違う」を重ねに重ね、それでもまだ、「やっぱり違う」を重ねに重ね、べっこり凹んだり、復活したりを繰り返したあげく、いまでは、少なくとも大福を買いすぎることはなくなった。

そして、43歳になりたてのあやこは、誕生日のご褒美として、「成城石井で豪遊する」を選択することに成功した。上京したてのころ、恵比寿駅を出てすぐの石井にふと迷いこんだときには、値段とサラダに入っている食材の種類の多さに呆然として、東京の怖さとはつまり石井であると思っていたのに。東京は怖くないし成城石井は優しい。豪遊しても飲み会参加費1回分よりはやや廉価。まあ優しい。なにをどう考えても毎日通える財力は現状ないけど、今日くらいなら大丈夫だ。だって年に1回だし!

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食べたいものをほしいだけ買いました。合計3,555円

30%OFFになってるそこまで惹かれていない惣菜を手に取ったあと、やっぱりやめて5%OFFになっている食べたい惣菜を持ち直したとき、ずいぶん遠くまできたのだなぁと感心した。

なるほど。1年後は44歳なのね。4って数字はあんまり好みじゃないので、2つ並ぶのはびみょー!って気持ちなんだが、45歳以上の人たちはみんな一度はとおっている道だし、数字は数字でしかないし、いたしかたないわねと思って通り過ぎようじゃないか。

追記
ところで、このまえ「女性に年齢を聞くのは失礼かもしれないのですが」の枕詞つきで年齢を聞かれる機会があった。

その人なりの気遣いとは理解しつつも、「数字を答えるだけなのに、その前置きってひつよう?」と思い、「別に失礼でもなんでもないです。手続き上必要だから聞いているだけなんですし、わざわざそういうことを言わなくても、少なくとも私は大丈夫です」と、べっしゃああ!と言い返してしまった。

私はこういう慣習が本当に本当にほんっとうに苦手なのだ。仕事とかだったら、ひらたく笑ってその場の空気に合わせたのだが、プライベートだったので、我慢するのはやめといた。

30歳をすぎたころからなんとなく身の回りにあった、年齢は明かさないでおこうね的な暗黙の了解にそろそろ耐えられない。

こういう世の中で生きている以上、明かすことがマイナスに働いてへんな先入観を持たれる可能性は高いので、合わせている方がらくかと考えていたのだが、ここへ来てちょっと心境が変わってきた。

数字を呪いにしないために、あえて数字を解放していくのどうかな。とりあえずやってみる。

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