札幌は遠いはずなのに妙に近かった。
羽田から1時間ちょっとで新千歳。仕事しようとPCに手をつけたり、コンソメスープを飲んだりしているうちに飛行機は着陸体制に入っていた。
私の後部と隣にかけては、小さい子を連れたご家族がぐるっと座っていて、子どもたちは終始ごきげんが全開だ。飛行機の窓に見えてきた街の光に目をやりながら「わあ、北海道だ!」「あれも北海道だね」「ほうら、ここも北海道だね」と、ひたすら北海道を連呼している。確かに言われてみれば、いま見えている景色は、ぜんぶまるごと、どこもかしこも北海道だ。語彙がほぼ存在していないことが逆に興奮を盛り立てている。
さらに着陸間際。子どもたちがお父さんに向けて、「いい飛行機の旅だったね」「テレビも見られて気楽だよ気楽」とゆったりとコメントを始めた。やけに大人ぶった口ぶりである。そこはかとなく匂い立つ旅慣れ感ににやにやしてしまった。高校の修学旅行ではじめて飛行機に乗った身としては、JALの乗り心地について感想を述べられる幼児は、たいそうまぶしい。
新千歳から1時間も鉄道に揺られたら早速、札幌のきらきらしたビル群が迎えてくれた。
大通駅を降りたら、隙間なく抜け目なくきらきらが街を埋めつくしていて、そこはもう、どこからどう見ても紛れもなく都会で、普段はじめての土地に感じるような心細さはどこにもなかった。
山や海を超えた実感が乏しいまま、都会から都会へワープするとつい、長距離移動してきたっていう事実を忘れそうになる。普段めったに来られない場所に来ている自覚が薄いまま、うっかりいつものように王将に入っちゃいそうになった。
自分でも信じられないのだが今回の滞在中、2回王将の看板に引き寄せられそうになったのである。私が馬鹿なのか、それとも王将の看板のアピール力が強すぎるのか。いずれにしても王将には東京に帰ってからゆっくり訪れてほしい。
とはいえ、よくよく街に目を配ると、明らかにいつもの東京とは様子が違うのも理解はできた。
東京には一店舗もないセイコーマートがやけにあるし、東京にはときどきしかない「ジンギスカン」の文字も妙にある。なによりあっちこっちに六花亭のお菓子がある。じゃがポックルも買える。ロイズ、お前もか。もちろんあの白い恋人もしっかり幅をきかせている。
北海道を代表するものたちと、都会を代表するものたちがひしめきあって、この街にいれば、なにも不足はないんじゃないかなって、気が大きくなるのを感じた。実際のところ、ダイソーもキャンドゥも、布屋さんもしっかりあったから、ざっくりしかできていなかった文学フリマの準備がこちらで十分にできた。ずっと読みたかった高瀬隼子さんの『新しい恋愛』を本屋で買って、自分の冊子が届くのを待つ間に読み切った。
滞在中に訪れた飲食店はどこもぜんぶ、もれなくおいしかった。ごはんというごはんがきらきらしていた。その一方で、とてもじゃないけどこの一回の滞在で食べ尽くせない量のごちそうたちが、あちらこちらにあって、数ヶ月滞在したとしても、それでもまだ途方に暮れるんだろうとも思った。
とてもじゃないけれど食べきれない。食べたいものたちの総量が胃のキャパを平然と超えてくる。くやしい。
でも、そう思えることにほくほくもしていた。街がそうあってくれるかぎり、どうにかやっていけそうじゃん! と思えるから。
ああ、そういえば旅行って、おいしいものをただただ食べ続けているだけでも十分すぎるくらい、十分なんだった。……という、いままでお前は旅行でいったいなにをしていたんだ? って言いたくなるような発見をいまさらした。
今回の滞在、もうほんっとうに、文フリの準備とか細々と仕事をしている以外の時間は基本、おいしいものを食べて、おいしいっていってるだけの毎日だった。最高か。

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