ありがたいことに、住まう家の管理主がいつもやさしい。逆にいうと、やさしくない人が管理する賃貸に住んだ経験がまるでない。すごい確率である。

住まう家はすべて物件を気に入ったかどうかで決めているので、管理主さんがやさしいというのは、不意打ちで追加されたギフトともいえるだろう。

「運」というものをあまり信じていないのだが、この点に関しては運の恩恵をじゃぶじゃぶ受けている気がしてならない。

思い返してみると、

「まるごとの白菜や大根」

「皮がふんにゃりしたみかん数個」

「使い込んだ形跡のあるラーメンどんぶりに入った、湯気がひっきりなしに立ち上がるほかほかのワンタンスープ」

「タッパーのきわまでみちみちに入った、具材が粉々になるまで煮込んである手作りカレー」

「いらなくなったらしい高そうな圧力鍋」

などなど、分け与えてもらったものは数知れない。

そもそもみんな、どの管理主さんもただそこにいるだけで湯気のようなやさしさを放っていて、彼らが管理する賃貸に住むこととはつまり、やさしさに包まれることと同義であったのでは、とすら思っている。目にうつるすべてのことがメッセージ、なのである。

来月引越しをするのだが、今回の管理主もすこぶるやさしそうな方である。

そう思うまでに時間はまったくかからなかった。はじめて対面して、ガラスのドアごしに軽く会釈をされた瞬間に「この方はきっと、もんのすごくやさしい人だ」と確信してしまったのである。いくらなんでも、判断が早すぎるだろうか。いや、この件に関しては、そんなことはないぞ! と思っている。

ガラスの向こうの管理主は、内臓の奥から立ち上っているかのような、あきらかにその場限りではない笑顔で微笑んでいた。にこにこにこにこ。にこにこににこ。いい人オーラというのは、隠す気があっても、隠す気がなくても、本人の意思が届かないところで勝手に漏れ出てしまうものなのではなかろうか。そんな管理主にさっきちょっと会い、新しい鍵を受け取ってきた。

新しく住まう街は、駅が小さくて背が低い。商店街もささやかで、でもところどころに点在するお店が、のきなみなんだかぐっとくる。

今日立ち寄ったお店のもつ煮込み定食は700円だった。このご時世に。みそしるや副菜までついているというのに、どういうことだ。隣に座っていたおじさんは、しみじみなにかを思い出しているのか、それともうとうとしているのか、どっちなのだかわからなかったけど、心地よさそうではあった。

さて、私はといえば、目の前に置いてあるほこりだらけの本や、よくわからないところにおかれた柿や「七味にんにく」という調味料をながめながら、じっくりこはんを食べ進め、もう一杯ごはんを食べられそうだなぁとは思いつつもごちそうさまをした。またあとで食べにくればいい。

いまの時期、ほやは生ではないけれど、しめたものを提供しているという。あとで生牡蠣を食べにいきたい。

先日引越し業者が送ってくれた40箱のダンボールは、ひとつ残らず空っぽだけど、引っ越し先で何が起こるかは今からぐうううんと楽しみで、楽しみすぎてもう、どうしましょうか。

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