元旦早々、雅安碧峰峡のパンダ基地を見てすごした。
ここではのびのび暮らすジャイアントパンダたちが観察できる。

彼らの居住区には、人間に例えるとすると、都会からちょっと距離のある地方に150平米の家を建てて暮らす、くらいのゆとりがある(と書いてみたけど、フィーリングで書いたので厳密には計算できていない。よって全然計算が合ってない可能性はある)

周囲は深々とした、深緑色のガチの山々。気軽にアクセスできるような場所じゃないので、観覧客も多くはない。ここには、上野動物園で2023年2月まで過ごしていたシャンシャンがいるので、日本のパンダファンの方々が結構訪れており、シャンシャン周辺の人口密度は高く常に日本語が飛び交いまくっているのだけど、それでも全体としてみれば、人の数よりもパンダの数が多いんじゃないのかな、という気がしてくるほど人の気配は多くない。ゆとりがある。

上野動物園のジャイアントパンダの観覧時間はわりと短いのだが(行列ができていると1〜2分とか)ここでは、ほぼ数十分単位でずっと眺めることがかなう。だから、姿を愛でるだけじゃなく、彼らの「生活」を垣間みることができる。それぞれの個体の性質により触れられる感じだ。

それで、いろいろ見ていて思った。ジャイアントパンダって個体ごとに食べ方がぜんぜん違う。めっちゃ違う。鼻息をふんふんさせながら勢いよく食べているパンダもいれば、カリッカリッと軽快な音をたてて楽しそうに食べているパンダもいる。

特におもしろいのが、上野のパンダ母娘の食べ方の違い。お母さんはすごく豪快で、次から次へと竹を前足にとり、時にバキイイイッといい音を立てて折りたたみながら、ずんずんずんずん勢いよく食べ続けるスタイル。対して娘のシャンシャンは総じてゆったり味わって食べがちだ。竹の好みが激しいらしく、匂いを嗅いで気に入らないと判断すると口につけることもなく、スッとその場を離れることもある。

食べ方の個性は、個体ごとに全然違う生き物であるという事実をよりはっきり明確なものにしている。


人間の食べ方も、もっと凝視して観察してみたら、「えっ、そんなふうに食べるの?」「わ、器用!」「おいしそうに食べるなぁ」等々いろいろあるんだろうと思うし、きっと私自身の食べ方にも、なにかしらの個性が無意識のうちに備わってしまっているんだろうなぁとも思う。そう考えるとちょっとこわい。

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